映画の無自覚「エミリー・ローズ(予告編)」
映画館で流れる予告編のなかに『エミリー・ローズ』のものがありました。
内容には興味がないんですが「少女に起こったことは病気なのか悪魔に取り憑かれたのか」みたいな話らしいです。
で、予告編のなかで少女(取り憑かれ状態)が悪魔払いにやってきた神父だか牧師だかにいったのがこのセリフ。
「うす汚いホモめ」
この手の映画でたまたま神父がゲイだってこともないでしょうからこれは罵倒のセリフなんですよね。きっと。
ゲイにむかって「ホモめ」って言うのも嫌ですがゲイじゃない人に対して「ホモめ」と言うのもかなり問題です。
それが罵倒になるのは「ホモ」が罵倒の言葉として認識されているからです。
言われる側も、「ホモなんか」と一緒にするなよと感じるから罵倒になる。
・・・なんかなあ・・・こういうの、なんとも思わないで書いているのかな。
字幕を作った人も、配給している人も、なんとも思わないんだろうか。
思わないから書いているんだろうけれど。
自分が嫌だと感じるかとかは別にしても、これを見て嫌だと感じる人がいるかもしれないとか、せめてクレームがきたら嫌だなあくらいは思わないのかな。
差別だとすら感じていないのか。
あえて書くのならいい。
差別が題材だったり、差別的なシーンなら、差別的なキャラクターに差別的なセリフを吐かせるのには意味がある。
観ている側もそれを差別だと認識するから。
でも、当然のように「このクソ野郎!」とか「虫けらが!」と同じ使い方で「ホモめ!」と言ってしまうのは表現者として無自覚すぎやしないか。
この字幕とか配給に関わっている人は「セルロイドクローゼット」をみるといい。
もしくはセクシュアルマイノリティ教員ネットワークのHPで「黒ひゲイ危機一髪」騒動を見るといい(賛否は別として)。
他にもいくらでもあるだろうに。
「この扱いは差別である」という抗議や訴訟はいくつも積み重ねられているのに、いまだになにも考えずにこのセリフを使ってしまえる神経っていうのは、ちょっとどうなんだろう。
私はこの映画をみていないし、観る気もないので本当はどんな使い方なのかはわからないけれど。
実は内容が
「たまたま精神病で狐憑き状態(この場合悪魔憑きだけれど)になった少女が死んだ。
悪魔払いにチャレンジした神父or牧師はゲイだったため妙に疑われ、本当は病気だったのに頭のおかしいホモ野郎が悪魔だのと言ったせいで病院で適切な治療をうける機会を奪われたとして訴えられた」
とかいう話だっていうなら「ホモめ」もありか。・・・そんな話?
エミリー・ローズの予告編はここで見られます。