梨木香歩『家守綺譚』
――おまえにそれを語る言葉を、俺は持たない。
人の世の言葉では語れない。
――しかし俺はそれを言葉で表したいものだと思う。
よく考えればこれはファンタジーなのだけれど 少しばかり浮世離れした主人公によって あたりまえにある植物や風景とともに、あまりにも淡々と語られるので ごくあたりまえな日常を垣間見ているような気分になる。
身近だったり名前だけは知っていたりする素朴な植物に 物語の世界全体が彩られていて懐かしくなった。
ただの文字だというのに、風や匂いや音や空気を感じさせてくれる。
主人公綿貫と死んだ友人高堂の会話が好きです。
高堂は、綿貫の問いにほとんど同じ言葉で違った答えを返す。
綿貫もまたしかり。 それがふたりの世界の違いを感じさせて切ない。
たぶん高堂は家のことも綿貫のことも生きていくことも みんな好きだったのだと思う。
けれど高堂は世界を信じることを放棄してしまった。
綿貫は世界を放棄することができない。
だから、ふたりの居られる世界は異なってしまって、言葉が通じない。
それでも、高堂は綿貫に会いにくるし 綿貫は高堂を待つでもなく忘れるでもなく受け入れる。
このふたり以外の ゴローやダァリアの君やとなりのおかみさんや坊さんも 同じ場所で、けれど違う世界を抱えて 違った言葉を通じさせながら生きているのだろうな。
この世界の続きが見たい。